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大阪高等裁判所 昭和51年(く)69号 決定 1976年8月24日

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、弁護人本田陸士、同高野嘉雄共同作成の即時抗告申立書記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、原決定を取消し、裁判官田尾勇を忌避する旨の決定を求め、その理由として、同裁判官は弁護人の数を三名に制限する「特別の事情」が存するか否かを判断するための資料・状況が存しないのに、右のような制限をしたのは、本件につき予断を抱いているからに外ならず、同裁判官には本件につき不公平な裁判をする虞がある。しかして、どのような資料から、そしてまたどのような諸事情に基づき弁護人を三名に制限する特別の事情を認定したのかの判断を回避して、同裁判官に不公平な裁判をする虞があることは認められないとした原決定は承服できない、というのである。

そこで検討するに、弁護人の数を三名に制限するという裁判官の訴訟上の措置の違法又は不当が当然に忌避の原因となるものではなく、当事者がこれらの措置に不服であれば上訴等の別途の手段をもつてこれを争うべき筋合であり、また、これらの措置をとつたということだけから裁判官に不公平な裁判をする虞が推測されるとも認められない。

弁護人選任は憲法によつて保障された権利であるが、弁護人の数について何らの制限がないと徒らに審理を遅延させる虞があり、弁護人の数が多いことは常に必ず被告人の保護に役立つとはいえないことから、刑事訴訟法三五条は弁護人の数を制限することのできることを認めている。本件の本案記録(奈良地方裁判所昭和五一年(わ)第九八号)によれば、本件においては、起訴前より被告人は弁護士の資格を有する弁護人本田陸士、同高野嘉雄の二名を選任して、その弁護を受けて来ており、被告人の防禦権行使に不充分な点は窺えないこと、本件は昭和五一年四月二三日公訴提起され、その起訴状謄本は同月二六日被告人に送達されたものであるところ、奈良地方裁判所は、同年五月七日、弁護人に対し、第一回公判期日の指定について弁護人側の訴訟の準備を考慮に入れたうえ、同年六月一七日午後二時を指定したい旨連絡したところ、弁護人本田陸士は希望日として右日時のほか同年七月一五日、同月二二日の各午後二時を申出たが、相弁護人高野嘉雄と協議の結果、同年五月一四日に至り第一回公判期日として右申出の最後の日である同年七月二二日午後二時に指定されたい旨回答して来たので、同裁判所は直ちに申出の日を第一回公判期日に指定した。このように本件公訴提起の三か月後にあたる右日時を第一回公判期日として漸く指定し得た右経過からして、このうえ弁護人を増加することにより訴訟手続の遅延するであろうことが予見されたこと等の諸事情が看取され、これらの各事情を総合すれば、同年五月二八日当時の状況として、刑事訴訟法三五条、同規則二六条に所謂弁護人の数を制限すべき特別の事情ある場合に該当するとして弁護人を三名に制限するとした決定が違法・不当であるとは断じ得ないし、ましてや右決定をなしたことをもつて不公平な裁判をする虞があることの証憑であるとはいえない。

その他記録を検討してみても、同裁判官に不公平な裁判をする虞があることを認めるに足りる事情を見出し得ない。論旨は理由がない。

よつて本件即時抗告は理由がないから、刑事訴訟法四二六条一項により棄却することとし、主文のとおり決定する。

(矢島好信 吉田治正 朝岡智幸)

【参考 原決定】

(奈良地裁昭和五一・八・一七)

【主文】 本件忌避の申立を却下する。

【理由】 本件忌避申立の理由は、別紙のとおりである。

所論は、要するに、田尾裁判官は本件被告事件について、弁護人の数を三人に制限する旨の決定を行つたものであるが、これは同裁判官が本件公判外の資料に基づき、本件について予断を抱いてなしたもので不公平な裁判をする虞がある、というにある。

当裁判所の調査によると、田尾裁判官は、本件起訴前に被告人の接見及び物件の授受禁止の一部解除決定、勾留理由開示手続を行なつていること、本件被告人塩濱と同じ全逓信労働組合員である被告人奥本一男に対する傷害、暴行被告事件(昭和四九年(わ)第二二九号)について裁判長として審理に関与し、同事件において選任された二〇数名の弁護人の数を三名に制限する決定をなしたこと、本件において弁護人の選任は申立人ら二名のみになされ、弁護人の人数制限決定が本件第一回公判期日に先き立つてなされたことは、いずれも申立人らが指摘するとおりである。そして、弁護人の数の制限は被告人の防禦権に関する重大な決定というべきであるが、田尾裁判官に右のような諸事情があるからといつて、そのことから直ちに本件被告事件について不公平な裁判をする虞があるとはいえず、また、本件弁護人の数の制限がその現れであるということもできない。その他同裁判官に不公平な裁判をなする虞があることを認めるに足りる事情も見当らない。

すると、本件忌避の申立は理由がないというべきであるから、これを却下することとし、主文のとおり決定する。

即時抗告申立書<省略>

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